大杉漣さんが最後にアナザースカイに出演されたようです。

内容が感動しますし名言ギターもよかったですね。

今回は、大杉漣さんのアナザースカイについて書いてみます。

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大杉漣さんがアナザースカイの内容が感動!

2018年3月2日にアナザースカイが放送されましたね。

2月21日に亡くなった大杉漣さんが取材されていたようですし、最後の言葉かと思うと涙が出てきます。

韓国でも日韓共同で舞台役者として活動していたようですね。

沈黙劇「砂の駅」という舞台なのですが、10トンほどの砂が舞台上に敷き詰められています。

沈黙劇というだけあって、舞台では一切言葉を発せず動きだけで演じるようですね。

大杉さんが在籍していたのは、「転形劇場」という劇団で演出家の太田省吾さんによって1988年まで上演されています。

日韓共同で日本代表として大杉漣さんを呼んだようですし、海外からの評価が高かったのでしょうね。

沈黙劇では、物が落ちているとして拾おうとすると5分位かけてゆっくりと表情も作らない表現を16年も続けていたようです。

ゆっくり動くことによって、人間のリアルな感情を表現できたのでしょうね。

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大杉漣さんがアナザースカイの名言は?

大杉さんは、沈黙劇を通してさまざまな名言を残されています。

幾つかご紹介しますね。

演劇には正解がない

演劇には正解がなく、「俺達はこうだったよ」と演出家の方に押し付けることはできないただそれを僕らは俳優なので舞台の上で示すことができる。

どうやら、沈黙劇の正解がなく7年も演出家の方と衝突があったようです。だけども、大杉さんはそれを受け入れながら成長されていったのでしょうね。

人は聞きやすかったり見やすかったりする方にいきたがる

人は聞きやすかったり見やすかったりする方にいきたがる。僕らがやった演劇って聴こうとしないと聴けない部分があったり見ようとしないと見えなかったり、僕は正直もっと日本の方にこの舞台を見てもらいたいと思いました。

当時は、倉庫や採石場などで公演していたため寝泊まりもしていたようです。

舞台や客席も自分たちで組み上げていたようですし、今では信じられないですね。

「転形劇場」は、世界各国で公演していたようですが韓国公演で解散となっています。

大杉さんは、解散がなければずっと舞台をやっていたらしく、このことがなければ日本で俳優をしていなかったのかもしれませんね。

利益を求めるなら、存続できなのかもしれませんが経済的な理由から解散となったようです。

大杉さんは、できることなら続けたかったようですが自由にもなれた!と話していて、どうすればいいのかわからなくなったようですね。

死にたくないとも思わないし、死にたいとも思わない

すごくリアルに考えなくちゃいけない「死」というものがある、僕ね死にたくないとも思わないし、と言っても死にたいとも思わない、死ぬってことがわかってるってだけであって死ぬまでの間に俳優としてどれだけできるのかっていうことはわからない

この言葉を見た時に、すごい鳥肌がたちましたね。

亡くなる前にこの言葉は、死についても考えられていとは思いませんでしたね。

大杉漣さんがアナザースカイの動画まとめ

 

まとめ

今回は、大杉漣さんについて書いてみました。

アナザースカイで最後の言葉も感動ですね。

ご冥福をお祈りします。

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