【吉川ひなの】生い立ちエピソード『毒親』と感じた幼少期が壮絶すぎた

モデルや起業家として活躍されている吉川ひなのさん。

幼少期は、毒親に育てられたなど生い立ちがやばいと話題になっていました。

『洗わない育児』ということも注目されているのですが一体どういうことなのでしょうか。

この記事では、吉川ひなのさんの生い立ちについて紹介します。

吉川ひなのってどんな人?

引用元:https://www.instagram.com/

名前:吉川ひなの

生年月日:1979年12月21日

事務所:フリー(元レプロエンタテインメント)

吉川ひなのさんについて簡単に紹介すると以下のとおりです。

9等身ということプロポーションから、スカウトをきっかけにでモデルとして芸能界デビュを果たしたひなのさん。

90年代は、モデルだけでなくバラエティ番組、CM、ドラマ、映画にも出演されてテレビにも多く出演されていました。

1999年2月(当時19歳)には、ビジュアル系バンド『SHAZNA』のIZAMさんと結婚されたと思いきや、同年の9月に離婚され「ままごと婚」ということで取り上げられたり何かと注目されていました。

2011年9月には、会社経営者の方と再婚され2人のお子さんとともにハワイに移住されています。

2021年1月には、3人目のお子さんも妊娠されています。

2021年5月13日にはエッセイ「わたしが幸せになるまで 豊かな人生の見つけ方」も発売され話題になっていました。

実は、このエッセイの中で吉川ひなのさんの生い立ちについて語られていたのですが、輝かしい90年代が壮絶だということが語られているのだとか。

果たして、吉川ひなのさんの生い立ちとは一体どんな内容だったのでしょうか。

【吉川ひなの】生い立ちエピソード『毒親』と感じた幼少期

吉川ひなのさんのご実家は、幼少期から貧しかったようで水道や電気なども止められることもあったようです。

給食費についても支払いができないこともあったようですが、できるだけ「普通の家」を装って生活をされていたのだとか。

そして、ひなのさんは、1991年(当時12歳)に銀座でスカウトされ芸能界入りを果たすのですが、ひなのさんが稼いできたお金で生活するような感じだったようです。

やがて、ひなのさんは一人暮らしを始めるのですが、いつもお父さんが家の前で待っていて「お金の件なんだけど…」ということでひなのさんの稼ぎに頼る生活は続いていたようです。

ひなのさんがやがて成人となり「今日で成人になったんだあ」ということを話してもご両親からは、あまり興味を持ってもらえなかったのだそうです。

人気絶頂でテレビに引っ張りだこだったひなのさんですが、ご実家の関係で「当時は幸せじゃなかった」と話していました。

どうやら、家族の影響もあってひなのさんは、精神的に限界となり仕事にも行けなくなってしまったのだとか。

当時決まっていた「大手のCM」「アイスクリームのCM」などの撮影には、行くことができず鼻ピアスを開けるまでして『もう限界!』ということ抵抗もされていたのだそうです。

精神的に限界を感じていた20代前半には、お酒に逃げることもあったのだとか。

小さい頃から芸能人として華やかな舞台に立っている一方で、ご両親との関係に悩まされていたひなのさんのことを思うと歯がゆい気持ちになりますね。

そんな、絶望すら感じていた時期に旦那さんと出会ったことが転機になったのだとか。

【吉川ひなの】旦那さんとの出会いで転機

引用元:https://numero.jp/

精神的に限界を感じていたひなのさんは、できるだけ仕事を最小限にして「もう仕事入れないで」と事務所に相談されていたのだそうです。

そんな時に出会ったのが、現在の旦那さん(会社経営者の方)でした。

※残念ながら旦那さんの顔写真は公開されていません。

旦那さんは、あっけらかんとしたプジティブな方のようでひなのさんの心を癒やしてくれたのだとか。

ひなのさんは、旦那さんのポジティブさに惹かれ「このひとに褒められたいなあ」と感じ、できるだけ最小限にしていた仕事を「もっと仕事がしたい!」と思えるように変わったのだそうです。

今では、自分も親となり『毒親』と感じていたご両親にも「きっと、母親も精一杯だったんだろうなあ」と思えるように気持ちが変わっていったようですよ。

ハワイに移住したことや母親になったということが、転機となったのでしょうね。

まとめ:吉川ひなのの生い立ち

吉川ひなのさんの生い立ちエピソードが話題になっていました。

幼少期は、かなり貧しい思いもあってご両親のことを『毒親』と感じることもあったようです。

現在は、旦那さんだったり母親になったということで気持ちの変化もあったことがわかりましたね。

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