【戦慄かなの】少年院に入っていた理由|JKブラックビジネスって何?

少年院あがりという経歴を持つ、アイドルの戦慄かなのさん。

どうして、少年院に入っていたのか気になっている方も多いと思います。

その理由がブラックビジネスだということですが果たしてどんな内容のビジネスなのでしょうか。

この記事では、戦慄かなのさんが少年院に入っていた理由期間について紹介します。

戦慄かなのって何者?

名前:戦慄かなの(せんりつかなの)

生年月日:1998年9月8日

出身:大阪九条

職業:アイドル(ZOC、femme fatale,のーぷらん。の元メンバー)

小学1年生のときに両親が離婚し、母と妹で東京に引っ越してきたようです。

ある日突然、母が帰ってこなくなるということでネグレクト(育児放棄)を受けて育っています。

水道水だけで1週間を生活していたというエピソードあるため、すごい過酷だったのだと思います。

また、学校でもイジメにあっていたこともあり高校時代からは非行に走るようになったようですね。

今は、bae(ベイ)という育児放棄や児童虐待に関するサイトを立ち上げ、アイドルと並行しながら同じような境遇の子どもたちの生活をよくする活動をされています。

クラウドファンディングでも資金を募るなど積極的に活動されていますね。

【戦慄かなの】少年院に入っていた理由

戦慄かなのさんが少年院に入っていたのは、10代の頃にされていたブラックビジネス(JKビジネス)原因でした。

どういうビジネスかというと、以前にサンデージャポンに出演された際に詳細を話しています。

100円で購入した下着を「使用済み」ということにして8000円で売るというもの。

出会い系サイトなどを通して、女子高生に販売させて手数料として半分をもらっていたと話していました。

半分ということは、1枚につき4000円ということなのでしょうね。

女子高生の人数は200人くらいで、月に300万円ほど稼いでいたとのことでした。

スカウトした女子高生は200人くらいで、買ったオジサンはもっといた。月100万円以上の売り上げは当たり前。月300万円稼いだこともあり、気が大きくなっていきました。

引用元:NEWSポストセブン

高校1年生の後半はこのビジネスにのめり込み、学校は自主退学

ビジネスだけでなく万引きや窃盗グループのパシリや詐欺の手伝いなどもされて、その後逮捕されてしまったそうです。

【戦慄かなの】少年院に入っていた時のエピソード

戦慄かなのさんが少年院服役していた期間は、1年8ヶ月になります。

通常は10ヶ月程度で出ることができるのですが、戦慄かなのさんの場合は2年近くということから『長老』と呼ばれていたそうですよ。

ただ、この期間中に猛勉強をして、高校卒業の資格や様々な資格を取得されています。

小さい頃にお金の問題で両親がもめていることを見てきたからこそ『世の中で大事なのはお金』という考えで頑張れたのかもしれませんね。