自由民主党議員として活躍されている石破茂さん。
永田町随一の愛妻家として知られているんですよね。
美人の奥さんに一目惚れし、結婚に至ったのですがどのように2人は出会ったのか気になった方もいらっしゃるかと思います。
石破茂さんって無愛想な感じのイメージあるけど、どうして結婚できたのって気になるのなあ。
この記事では、石破茂さんと石破佳子さんの馴れ初めについて紹介します。
石破茂と石破佳子の出会いは大学の同級生
石破茂さんと石破佳子さんは、1983年9月に結婚されています。
2人が出会ったのは、慶應義塾大学時代で同級生という関係でした。
年齢も同じで、佳子さんは東京出身で中高一貫の私立女子校を卒業後に慶應義塾大学に入学。
石破茂さんは、鳥取県出身で鳥取大学教育学部附属の小中学校を卒業後、慶應義塾高校に進学し、慶應義塾大学に入学。
お互いに慶應義塾大学に進学し、三田キャンパスで出会います。
当時奥さんはD組、茂さんはF組と同じドイツ語のクラスで共通の授業が多かったことから一目惚れをし
こんなきれいな女性がいるのか
というのが印象だったそうです。
ただ、大学時代から交際していたというわけではなくて、大学4年間は付かず離れずの関係だったようですよ。
やっぱり、石破茂さんって奥手だったのね
石破茂と石破佳子の大学時代はお友達止まり
こちらが石破茂さんと佳子さんの大学時代の写真になります。
大学時代から交際が始まったわけではなく、石破茂と佳子さんが交際に至ったのは卒業してからでした。
つまり大学時代は、お友達止まりだったことになりますね。
ただ、勇気を振り絞って卒業式の後に石破茂さんが奥さんに告白
結婚を前提につきあってほしい!
ただし佳子さんからの返事は『ごめんなさい…』でした。
どうして断ったかというと、石破茂さんがやりたいことを辞めて自分との結婚を選ぶことに反対だったからです。
学者や弁護士を目指していたけど、君と結婚するために、安定した道を選ぶよ
三井銀行への就職が決まっていた石破さんがそんなことを言いたげた雰囲気を感じたそうです。
当時はまだ女性が社会進出することに対して障壁があり、就職しても一般職しかない時代でした
結婚したいからといって、やりたいことを諦めるのはやめてほしい
そういう気持ちでお断りされたのだそうです。
その後2人は別々の会社に就職。
一度疎遠になってしまうんですよね。
かわいそうだけど、そういうもんだよね
石破茂と石破佳子の再会から交際へ
そんな石破茂さんと佳子さんは、1981年に石破茂さんの父で参院議員の二郎さんが亡くなったことで再会を果たします。
実はこの時に、佳子さん友人と連名で香典を送っていました。
その後、2人は連絡を取り合うようになります。
駆け出しの銀行員だった石破茂さんは奥さんを誘うため
『定期預金口座の新規開設』の営業ノルマがあって佳子さんに口座作ってもれらないかなあ?
とランチに誘ったそうです。
結果、このことがきっかけとなり、学生時代に頼りになる印象だったこっとや仕事での悩みを相談するうちに距離が縮まっていったそうです。
不器用なりにデートの誘い方は上手だったのね
石破茂の結婚と政界入り
再会から、2年後の1983年9月に2人は結婚します。
当時は、銀行員の妻になるはずだったのですが、この時に政治家への道を打診されるんですよね。
石破茂さんが政界入りするきっかけになったのが、父親と親しかった元首相の田中角栄さんでした。
29歳の若さで当選し、自民党に入り、離党。
その後、新生党をへて1997年に自民党に復党し、2002年に小泉内閣で防衛庁長官や脳裏水産大臣などを歴任しました。
まとめ
石破茂さんと奥さんの佳子さんは1983年9月に結婚しています。
出会いのきっかけは大学時代の同級生という関係でしたが、交際に至るまではかなり道のりが遠かったことがわかりました。
永田町では愛妻家と知られており、不器用ではありますが、一途な性格のようです。
また、余談になりますが石破茂さんは「生まれ変わっても奥さんと会いたい」と話しているようですよ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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