神田沙也加と松田聖子の『親子仲が悪い』と言われる5つのエピソード

松田聖子さんと神田正輝さんと長女として知られている神田沙也加さん。

過去には、共演されている姿も披露されていましたが『不仲説』も話題になっていたことがありました。

一見仲が良さそうに思える松田聖子さんと神田沙也加さんなんですが、不仲と言われるエピソードとは一体なんなのでしょうか。

この記事では、神田沙也加さんと松田聖子さんの親子仲が悪い(不仲)と言われる5つのエピソードについて紹介します。

神田沙也加と松田聖子の不仲説報道

1985年に映画「カリブ・愛のシンフォニー」での共演がきっかけで交際が始まり、翌年の1986年10月に誕生された神田沙也加さん。

松田聖子さんと神田正輝さんというビックカップルの娘さんといういことで脚光を浴び、現在に至るまで華やかな親子というイメージをお持ちだと思います。

2007年6月にはイベントで共演されたり、紅白歌合戦での共演も話題になりました。

一見仲が良さそうに思える松田聖子さんと神田沙也加さん親子なんですが、10代の頃かなり親子関係としてはあまり良くなかったということもテレビ関係者の方からの証言で出ていました。

沙也加が10代の頃から断絶と修復を繰り返してきた二人の関係ですが、ここ数年は最悪な状況だと聞いてます。恋愛に奔放な聖子に、沙也加は幼い頃から振り回され続けてきました。転校を繰り返し、イジメにも遭ったそうです。

引用元:フライデー

神田沙也加と松田聖子の『親子仲が悪い』と言われる5つのエピソード

引用元:https://jisin.jp/

親子関係が不仲であることは、過去に週刊誌などで報じられており10代の頃のイジメだったり渡米、聖子さんの離婚・再婚などが関係しているのかもしれません。

大スターの娘さんということもあり、周囲からは『母親と比べられる』という理由から歌手になることを諦めるように言われたこともあったようです。

物心着いたことから偉大な母ではあったのですが、その一方で振り回されて育ったという環境が親子仲を悪くさせたのではないかと思います。

ここからは、沙也加さんの壮絶な生い立ちについて時系列で紹介していきます。

不仲の理由1:神田正輝さんとの離婚

1つ目のエピソードは、神田沙也加さんが10歳の頃のエピソードになります。

神田正輝さんと松田聖子さんは、1997年に離婚を発表されました。

まだ幼かった沙也加さんにとっては、父親とお別れしなければならなかったことが辛いことだったと思います。

離婚された理由は、松田聖子さんの2名の外国人男性との不倫が原因だと言われています。

1992年にジェフ・ニコルスという英語講師の方でキス写真が週刊誌にスクープされています。

ジェフはその後、『真実の愛』『壊れた愛』という暴露本も出版され話題になりました。

そしてもう1人が、松田聖子さんのバックダンサーを務めていたアラン・リードさんという方です。

1993年に交際報道が出ており、ステージ上で毎回ラブシーンまがいのダンスを披露されていました。

1998年4月には「夜も奉仕しなければ、バックダンサーとして使ってあげない」と松田聖子さんの方から言われ、逆セクハラで裁判にもなりました。

幸い、裁判は証拠不十分で却下され、1993年に暴露本「Backstage of Seiko Matsuda」を出版し話題になりました。

度重なる不倫報道で、神田正輝さんの心も離れていったのでしょうし、幼少期ながらお父さんが離れていってしまうのは沙也加さんにとってもショックなできごとだったのだと思います。

不仲の理由2:突然の再婚と渡米

2つ目のエピソードは、沙也加さんが中学校に入学するタイミングになります。

神田正輝さんとの離婚から1年後の1998年に、松田聖子さんは開業医と再婚されました。

さらに、ハリウッド映画進出も決めていたということで再婚相手とともに渡米することを決意します。

ただ当時、沙也加さんはエスカレーター式の私立中学への進学が決まっていたのですが入学ギリギリに決断されたということもあり、戸惑われたのだそうです。

「継父と渡米するのは抵抗がある」ということから、千葉県内にある全寮制の中有学校に進学。

しかし、寮生活はうまく行かず、寮でイジメの標的にされてしまいまもなく退学。

引用元:https://bunshun.jp/

その後、ロサンゼルスの中学に転入するものの言葉が通じないことや馴染めなかったということで都内の私立中学校に転入されました。

高校卒業するまでに計4回の転校をすることになり、10代の頃は学校だけでなく母の再婚や渡米などで振り回されてきたようです。

不仲の理由3:芸能活動休止と給料の凍結

神田沙也加さんは、12歳の頃からSAYAKAという名前で芸能活動をされていました。

2003年9月には映画「ドラゴンヘッド」で女優デビューを果たし、「アイスの実」のCMやドラマにも出演されています。

しかし、順調に見えたSAYAKAさんの芸能活動なんですが、高校を卒業した2005年に約1年半ほど活動をう休止されてしまいます。

活動を休止した理由に関しては、後に週刊誌でこのように報じられています。

そして恋に走る沙也加ちゃんは家出をするように一人暮らしを始めたんです。

当時は祖母が事務所の社長だったために、給料を取りやめるという“勘当”状態になってしまった。2005年、高校卒業後に1年半ほど『芸能活動の中断』をしていたのは、実はそれが原因だったんです」(芸能関係者)

引用元:文春オンライン

つまり、恋愛に走った沙也加さんに祖母が怒って決断したというもの。

沙也加さんは、当時、事務所からもらっていた月20万円の給料を凍結という形で受け取れなくなったんです。

ただ、沙也加さんは飲食店やダイニングバーなどでアルバイトをしてなんとか家計を切り詰めるために毎日カップ焼きそばを食べていた時期もあったのだとか。

聖子さんからも沙也加さんの交際相手に対して、注意されることもあり大喧嘩になったこともあったようです。

きっと当時は、お金の面も恋愛の面も自由にできず、さらに聖子さんの不倫の件もあり沙也加さんの胸の内はあまり穏やかではなかったはず。

不仲の理由4:紅白で嘘泣き?

松田聖子さんと神田沙也加さんは、紅白で2011年と2014年に親子共演したことが話題になっていました

親子で坂本九さんの楽曲「上を向いて歩こう」でデュエットしてされています。

この年に沙也加さんが映画「アナと雪の女王」でヒロインの吹き替えを担当して高い評価を得たということもあって、松田さんにとても誇らしく大感激で幕を閉じました。

これに誰より感動したのが聖子さんで、アメリカで事前収録した愛娘の歌唱シーンをスクリーンで見て涙を流し、主題歌を出場歌手たちが大合唱する場面で娘との共演が実現してまた涙と、人目も憚らず泣きじゃくっていました。

引用元:NEWSポストセブン

ただ当時出ていたウワサでは、聖子さんの涙は「嘘泣きだったのでは?」と言われています。

あくまでウワサで確かめる手段はないのですが、違和感を感じていた方も多かったようです。

不仲の理由5:結婚式を欠席

神田沙也加さんは2017年5月13日に俳優の村田充(むらたみつ)さんと結婚されています。(2019年の夏に離婚)

当時、2人の結婚は話題となり都内のレストランで結婚披露パーティが開かれました。

女優の大地真央さんも駆けつけていたようです。

ところが、そのパーティに松田聖子さんは姿を見せなかったのだそうです。

しかし、おめでたい席であるにもかかわらず、父親の神田正輝と母親の松田聖子は姿を見せなかった。

引用元:エキサイトニュース

この件に関しては、松田聖子さんの配慮で「本人の努力と実力でここまできたから、親(聖子)が注目されるような出方は良くないと考えているのではないか?」と言われています。

解釈の仕方はそれぞれですが、不仲だから来なかったという見方もできるでしょう。

まとめ:神田沙也加と松田聖子

神田沙也加さんと松田聖子さんには、不仲説も過去にささやかれていました。

5つほど不仲説に関係する記事があったのでまとめてみたのですが、不仲を匂わすエピソードでしたね。

あくまで、そのように報道されてしまっただけかもしれませんが、不仲と言われても不思議ではないですね。

参考になれば、幸いです。

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