
「女芸人NO1決定戦THE W 2021」で優勝されたオダウエダ。
ボケを担当されている小田さんは、元ヤンであることがわかりました。
ヤンキー時代は、ちょっと荒れいていて駆け込み寺に行ったというエピソードも話題になっていました。
この記事では、オダウエダの小田さんのヤンキー時代のエピソードについてまとめてみました。
【オダウエダ】小田のヤンキー時代もかわいい!
小田さんは、バラエティ番組でもおっとり話している印象があり、おとなしい方なのかなあという印象があると思います。
しかし、高校時代(16歳くらい)はグレていた時期あったようで、いわゆるヤンキーだったことがあったようです。
バラエティ番組で公開されていたヤンキー時代の写真がこちらになります。
2010年頃といえば、「あげぽよ~」「きゃわたん」などの流行語だった時期で、明るい髪色、カラコン、つけまつげなどをされているモデルさんがたくさん出ていた時期になります。
おそらく、当時活躍されていたファッション雑誌「egg」の読者モデルをされていた武藤静香さん、 町田亜里香さんなどを意識されていたのかもしれません。
当時の小田さんはグレていたということから駆け込み寺に連れて行かれたというエピソードもありました。
【オダウエダ】小田の駆け込み寺のエピソード
小田さんは、ヤンキーでグレていたということから16歳の時に駆け込み寺にお母さんに駆け込み寺に連れて行かれたそうです。
【駆け込み寺】
非行、虐待、引きこもり、薬物依存などさまざまな理由で親元で暮らせない子供を無償で引き取り、更生させるためのお寺
駆け込み寺に連れて行かれたという時には、親から「ご飯を食べに行こう」ということで連れ出されたようで、8時間掛けてお寺に連れて行かれたそうです。
途中パーキングエリアで逃げようとしたのですが、どうしても逃げられないその後、半年間お寺にお世話になったようですよ。
【オダウエダ】小田がお世話になった駆け込み寺は「西居院」

小田さんがグレている時代に更生をしてくれたお寺は、愛知県岡崎市真福寺町にある「西居院(さいきょいん)」になります。
確かに、小田さんのご実家にある愛媛県から愛知県の西居院までは高速で8時間くらいはかかる距離になりますね。
小田さんは半年間、このお寺で過ごしている内に、見事に更生することができました。
どうやら、掃除や食事、洗濯などを繰り返していく内に、グレていることがどうでもよくなったようです。

小田さんを更生してくれたご住職に関しては、愛知県岡崎市にある西居院の住職である廣中和尚(ひろなかくにみつ)さんでした。
廣中さんは1995年頃から問題行動のある子どもを預かるようになり「一緒にお寺でご飯を食べよう」と声がけされてきました。
2010年までにの15年で1000人以上も更生させてきたということから”平成の駆け込み寺“として注目されるようになったお寺です。
ただし、廣中さんは、2019年4月16日に肺がんのため亡くなっています。
同年に放送されたザ・ノンフィクションで、廣中さんが紹介されていたのですが、お世話になった当時を振り返った小田さんはこのようなツイートをされていました。
ザ・ノンフィクションに出ていた廣中和尚。私がグレていた時お世話になってたおじさんでお寺を出た後も「ゆうき元気か?」って何回も電話をくれていました。あの頃のことはあまり覚えてなくて、ノンフィクションを見てブワーと思い出しました。おじさん、ありがとう
— オダウエダ オダ (@huwahuwananyo) June 4, 2019
生前は、小田さんのことを心配されて何度も電話をされていたようですし、今のオダウエダがあるのも住職のおかげかもしれませんね。
ただ、オダウエダのネタの打ち合わせなどで相方とケンカになることもあるようでヤンキー時代の血が騒ぐからなのか、殴り合いになることもあるようですよ。
まとめ:オダウエダの小田
オダウエダの小田さんが元ヤンであることがわかりました。
バラエティ番組でもヤンキー時代の写真が公表されていたり、駆け込み寺にも行っていたのも驚きましたね。
今の小田さんがあるのも当時更生できたからでしょうね。